ISFPとESFPが合わないと感じる3つの場面|静けさと明るさの温度差
合わないと感じる理由は、気持ちの差より、愛情の見せ方・楽しむ場所・傷ついたときの出し方のずれです。
どれも、性格が悪いから起きるずれではありません。相手のいつもの振る舞いを、こちらの物差しで読んだときに起きます。自分がISFPで、相手の明るさが誰にでも同じに見える人。自分がESFPで、相手の静けさが何を意味するのか読めない人。どちらにも、見てほしい場面は同じ3つです。
愛情の見せ方がずれる
ESFPは愛情を笑顔・言葉・スキンシップで見せ、ISFPは一緒に過ごす時間・覚えていること・手間で見せます。
たとえばESFPが「今日の服、似合ってる」と言い、ISFPが小さく「ありがとう」とだけ返したとします。ESFPは反応の薄さから「あまり嬉しくなかったのかな」と読む。けれどISFPの側では、その一言を帰り道までずっと思い返していることが多い。
逆にISFPが、前に話した好きな菓子を覚えていて黙って買ってきたとします。ESFPは嬉しいけれど、言葉がないので「好き」の印としては数えません。ISFPの側では、それが一番大きな気持ちの表れです。同じ量の愛情が、見せ方の違いで互いに小さくしか届いていません。
楽しむ場所がずれる
ESFPはみんなで外へ出て楽しみ、ISFPは二人で静かに過ごしたくなります。
同じ土曜日でも、ESFPの理想は友人を呼んでにぎやかに過ごすこと、ISFPの理想は二人で店を一つ回って帰ることです。どちらも「一緒に楽しみたい」だけなのに、場所が違う。
ここで生まれる寂しさも種類が違います。ESFPの寂しさは「みんなの中で、私だけ特別に見られていない」です。ISFPの寂しさは「二人だけの時間が減った」です。ESFPは、大勢の場で静かなISFPを「楽しんでいない」と読みます。ISFPは、誰にでも明るいESFPを「私は特別じゃない」と読んでしまう。
しかもISFPは、その場では相手の高さに合わせて笑っています。疲れが出るのは帰り道です。ESFPからは楽しんでいたように見えた夜が、ISFPの側では「合わせた夜」として残ることがあります。
傷ついたときの出し方がずれる
傷ついたとき、ISFPは黙って距離を取り、ESFPは笑顔のまま流します。
ISFPは「言うほどのことじゃない」と飲み込み、「別に」「大丈夫」で場を閉じます。ESFPは「元気な人」の役を降りられず、寂しさを笑いに混ぜて済ませようとする。どちらも相手を責めません。
だから相手からは、どちらも平気そうに見える。ISFPの静けさは「いつもの静かさ」に、ESFPの明るさは「いつもの明るさ」に紛れる。喧嘩にならないまま、両方の内側に我慢が積もっていきます。「喧嘩が少ないのに、突然終わった」と外から見える理由は、ここにあります。